金沢文化スポーツコミッション

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飛込と金沢

飛込プールの4m高飛込台

 

4mの高飛込台があった旧・金沢市営総合プール(1959~2016年)

老朽化のため、惜しまれながら2016年に閉業した旧金沢市営総合プール(金沢市富樫)。長きに渡り、石川県内の飛込競技の強化拠点として多くの選手が輩出したほか、北信越はもちろん、日本高校選手権(1961年)、全国中学校水泳競技大会(1971年)、全国高校総体(1985年)、石川国体(1991年)等、全国大会の舞台にもなりました。
2016年まで稼働した飛込プールは、当時、現存する日本最古の飛込プールとして注目され、2008年には映画「ダイブ!!」の撮影ロケ地にも選ばれました。
特筆すべきは、10m、7.5m、5mの高飛込台に加えて、4mの台が設置されている点でした。4mの台が設置されている飛込プールは国内外でも大変珍しいものでした。

 

日本飛込界の礎 中田周三氏

4mの台設置を考案したのは、金沢市出身にして、日本の飛込の礎を築き、7人のオリンピック代表選手を育てた中田周三氏でした。
中田氏の画期的なアイデアによって設置された4mの飛込台によって、石川県内の選手は、より効果的な基礎練習を積むことができ、全国大会等で多くの入賞者が生むことになりました。「飛込王国石川」の基礎を支えてきた飛込台、といっても過言ではありません。

氏の功績を讃え、金沢プールでは、2018年に「第1回中田周三杯飛込競技大会」が開催されました。(主催:石川県水泳協会、中田周三杯飛込競技大会実行委員会)

中田周三
1911年金沢市生まれ。 石川県立金沢工芸高等学校(現石川県立工業高校)から日本体育専門学校(現日本体育大学)卒業後、1947年第2回国民体育大会 石川県大会飛込で優勝。その後、高校教諭として飛込競技の指導に携わり、柴原恒雄氏(ベルリン五輪4位)をはじめ、宮本(現姓 矢野)まさみ氏(ヘルシンキ五輪)、馬渕良氏(メルボルン、ローマ五輪)、山野外嗣夫氏(ローマ、東京五輪)、金戸俊介氏(ローマ、東京五輪)、大崎(現姓 大坪)恵子氏(東京、メキシコ、ミュンヘン五輪)、西出好範(モントリオール五輪)と、7人のオリンピアンを育てた。
中でも宮本まさみ氏は、女子スポーツが盛んとはいえなかった当時、封建的な風習の残る金沢で女子高校生オリンピアンを育てた功績は、中田氏の指導の巧みさと熱心さの象徴といえる。
雪国のハンディを補うため、陸上においてベルトとロープ・滑車を利用し空中感覚を養う、現在のスパッティングに近い形の練習法を編み出したほか、トランポリンをいち早く飛込の練習に導入。数多くの選手育成に生涯を費やした。晩年はジュニア育成に目を向け、1982年には勲五等瑞宝章を受章するも、現役指導者として最高齢93歳までプールサイドに立ち、99歳まで飛込への情熱は失せることはなかった。全国に広がった中田氏の教え子や孫弟子たちが、現在の日本飛込界を支えていると言っても過言ではない。

日本選手権 飛込競技 柴原杯

 

日本選手権男子3m飛板飛込選手権獲得者に授与される柴原杯©日本水泳連盟

2019年9月21日、第95回となる日本選手権 水泳飛込競技が金沢プールで開幕します。
国内最高峰のこの大会では、中田周三氏の一番弟子ともいうべき、柴原恒雄氏の名を冠した「柴原杯」(楯)が、男子3m飛板飛込選手権獲得者に授与されます。

柴原恒夫氏
金沢市生まれ。中田周三氏の指導を受け、日本大学進学後、1936年ベルリンオリンピックにおいて高飛込6位・3m飛板飛込4位という日本飛込界初の好成績を残した。
戦後、後進の指導にあたるかたわら、日本水泳連盟飛込委員長として、ローマオリンピック監督、東京オリンピックの成功に貢献。

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第95回 日本選手権 水泳飛込競技  2019.9.21/土~9.23/月・祝 金沢プール